お話するうちに、おじい様(Reverend Henry Butler Schwartz)も鹿児島に宣教師として1902年(明治35年)家族と共に滞在し、後に東郷平八郎のことを書いた「IN TOGO’S COUNTRY 東郷の国」を出版していたことがわかりました。
<注:1978年(昭和53年)、南日本新聞社当時文化部記者・大園純也氏によって翻訳され、新聞に連載されている>
当時、無名の小国があの大ロシアを打ち破ったということで、日露戦争の象徴的人物である東郷平八郎、大山巌とは一体いかなる人物であろうかと世界中が知りたがったこともあり、この本は一躍脚光をあびたと聞いています。
薩摩の歴史、自然、竹や石材・さつまいもなどの特産物、男女差別、さらに、学舎教育への意見から、「Daitero san to Daitero san wa, Kyodai don ja goahan ka?」と子供が歌う鹿児島弁を東京弁と比較するなど、庶民の暮らしまでかかれていて興味深いこの本を、あらためてゆっくりと読んでみたいと思います。
Ms.ミューラーとの再会は、「日本や郷土の歴史を英語で学ぶ」講座を担当している私にまた新たなヒントを与えてくれました。
翻訳者の大園氏は、記事の中に、「著者・シュワルツの詳しい正体はよくわからない。鹿児島とのかかわりについては、著者自身3年間滞在したと書いてあるのみで手掛かりは乏しい」と書いています。
前述の贈呈式を終え鹿児島空港から飛び立つ直前に、このMs.ミューラーがシュワルツ氏の孫であることを知った大園氏の喜びが、歴史を伝える人々の絆を一層強くし、深く心に印象づけてくれたのでした。